「FLORIDA TODAY コラム by Milt Salamon 6月17日付け 」


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 長い間忘れられていたのか、もしかすると故意に無視されていたのかはわかりませんが、でも25年前に南ブリバードの空で見られた隕石は、その地方の人々の記憶の中には燃えるように残っているのです。

 頭上を横切った物体の目撃談についての先月の記事を見逃した読者の為に、ここにその概要を載せます。

 まず、映画「ディープ・インパクト」を見た後、プラムベイのラリー・ガードナー氏は電話をかけてきて語りました。「その時、私は12歳だったのですが友人とターキー堀で釣りをしていたのです。そのとき急角度でこちらへ落ちてくる大きな隕石を見たのです。隕石は、青い炎の尾が黄色の航跡を残しながら、一直線にタンパ地方の地平線の方へと姿を消しました。それはメキシコ湾に墜落したのか大気圏を突き抜けたのでしょう。私は湾の底に眠っていると思うのですが。みんなが私の言う事を信じてくれないので、この事をあまり多くは人に話さなかったのです。」とラリーは語りました。

 スカイウォッチャーであるメルボルンのC.B.ホール氏は電話をかけてきて、1973年の秋、その地方の空を実に大きな隕石が確かに横切ったと伝えました。彼と隣人のボブ・デイビスさんは飛び抜けて晴れた夜に、たまたま小さな望遠鏡を持っていた時に突然その隕石を見たそうです。この夜空の訪問者は東から西へと飛び、彼らに見えたのはわずか2秒だったそうです。

 「私がその事を言おうとすると、皆おかしな顔をして私を見るのです。ですから、私は8年前にインディアン・ハーバー・ビーチに住む天文ファン、ハル・ポベンマイアー氏がその隕石のことにふれ、彼の研究記事が載っている出版物を私に見せてくれるまでは話す事をやめていました。」と語るのはインディアランティックのジョン・マクニールさんです。ジョンさんと隣人のダン・アボットさんは、インディアン・リバーの東岸で南の方を向いていました。「そのとき低空を飛ぶ火の玉が現れ、ほとんど頭上を駆け抜けて東の空へ消えていったのです。私たちは頭上で燃える隕石をおよそ15秒間見る事ができました。その表面は煮えたぎっているようで、シューシューとかパンパンとはじける音を聞きました。」とジョンさんは語りました。

 ケネディー宇宙センターで働くジェリーさん(ファーストネームだけにしておきます)は、ハーバーハイツの裏庭から隕石をみました。「それは中型のトラックぐらいの大きさでした。そしてパトリック・メルボルンからキシミー通りの方へ抜ける国道に沿うようにして雲の中へ消えました。どこかへ衝突しような大きな衝撃音がしました。」と彼は語りました。

 「私はクリアウォターから隕石を見ました。それが隕石だとは、あなたのコラムを読むまでは知りませんでした。」と語るのはチタスビルのカルード・ベルナップさんです。「私は当時、町の北側のローカル・エアー・パークに住んでいました。それはちょうど家の外の階段に立ってラルゴの南の空を見上げていた時です。メルボルン上空にまっすぐな線が見えました。私は隕石が燃え上がっているのだと思いました。全体のバランスから考えると、それが直径5フィートだったとするなら長さは25フィート以上あったはずです。わずかに赤みがかった青色で、燃えながら多少色が変化していました。たぶんその辺の空は晴れていたと思いますが、私がいる所には雲がかかっていました。隕石は雲の向こう側を2秒かそれ以上かかって通過しました。私がそこで見た東から西へと飛び去った物が、ここで述べられた物体と同じ物である事を確信しています。ただあなたのコラムでは土地の人たちは隕石は墜ちて来たと言っているのですが、そんなに高くには見えないにしても、全く水平に飛んでいたのです。」と彼は語りました。

 そしてカルードさんは次のように付け加えました。「私はそれをいつも思い出します。そしてそのときにどうしてその事を人に話さなかったか、おかしくまた不思議に思えるのです。妻のジェーンだけには話しましたが、その他の誰にも話しませんでした。あなたのコラムを見た時に、それを見たよ!知ってるよ!と叫びました。」



 ジョン・グレンが本日このコラムにマイアミ・ジャクソン・ハイスクールの同窓会という形で最も遠回りをして戻ってきました。

 さて、私たちはマイアミ・ジャクソン・ハイスクールについて何を書いていたのかを知る為に大昔のコラムをちょっと覗いてみました。前文で学校の同窓会の事を公開しました、というのも学校外で起こった再会についてお伝えしたいからです。

 とにかく、私たちは1998年のコラムを偶然目にしました。それには1983年のコラムにジョン・グレン飛行士は実際より20歳若いのではないかという事を示す何かが書かれている事を伝えていたのです。

 なぜそれを控えにプリントしていなかったのでしょう。残念に思います。

 その記事の内容はかつて、パトリック・オフィス・クラブで行われたスペース&レンジ・パイオニアー達の宴席でミサイルの飛行士ジム・マクデビッッドが語ったものです。

 マクデビッドは、グレンと他のマキューリー7の飛行士達と宿泊したココア・ビーチモーテル街のケープ・コロニー旅館の出来事を思い出したのです。

 グレンはヘンリー・ランドウィーズ支配人から渡された部屋の鍵を使おうとしていました。鍵にはちゃんと番号が付いていたのですが、ドアが開くと何とそこは「物置部屋」だったのです。ヘンリーのジョーク!だったのです。ヘンリーは最後にはグレンに住める部屋を渡したのですがね。

 復讐の時が来ました。グレンは駐車場で廃材を燃やして、その燃えクズを自分の部屋へ運びました。そして自分の部屋の家具は別の部屋へ移し、ランドウィーズ支配に電話をして伝えました「ぼやが起こった。」。マクデビッドがそれを伝えるとヘンリーはあわててグレンの部屋へ駆けつけ、炭になった廃材を見てショックで立ちすくみました。彼は信じたのです。これが家具の燃え残りだと。



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本文は下記のページで御確認ください。

http://www.flatoday.com/space/today/061798b.htm


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