シャトルの通信用語解説

以下は STS-90 の打ち上げ時に交わされた管制室とコロンビアの交信です。外部タンク切り離しまでの通信のほとんどは緊急時に行う手順の確認に使われます。
Houston
Roger Roll Columbia.
ロール開始了解。コロンビア。
シャトルはリフトオフ後20秒以内で180度ロールを行い背面姿勢になり78度に傾いて飛行します。それが行われた事を伝えています。自動操縦ですので伝える必要もないのですが、エンジン点火の際の衝撃で通信装置が壊れなかったかのチェックも兼ねています。
Columbia
Go and throttle up
推力上昇了解。
Houston
Performance Norminal, we see good OMS systs.
効率は正常。OMSの作動も良好
SRB個体ロケットブースターの燃焼効率が正常だった事を管制室が伝えています。SRBは推力を制御する事はできず、燃焼効率がどうだったかで決まってしまいます。効率が高かったり低かったりするとその後の手順が変わってきます。
今回のミッションではシャトルの打ち上げ能率アップの実験として、SRB分離直後にOMS軌道制御システムエンジンの噴射を加えました。それが順調に作動していると管制室が伝えています。
Columbia 
Performance Norminal, good OMS systs.
効率正常、OMSの作動良好を了解。
Houston
2 Engine Ben, Columbia.
エンジンが1基でも故障した場合はベン基地へ帰還する。
この時点ではシャトルは軌道に乗る為の速度も高度も得ていないのでエンジンが1基でも故障すると大西洋を横断してモロッコのベン基地に緊急着陸する事になります。その手順の確認を行っています。
Columbia 
2 Engine Ben.
ツーエンジンベン了解。
Houston
Columbia, Negative Return.
コロンビア、KSCへの帰還は不能。
シャトルはKSC(ケネディー宇宙センター)から遠く離れてしまったのでKSCへは引き戻せない事を伝えています。これ以降の緊急時は設定されている別の基地へ帰還することになります。
Columbia
Negative Return.
帰還不能了解。
Houston
Columbia, press to ATO Single Engine OPS-3.
コロンビア、中止モードをATO に入った。エンジンが2基故障した場合はOPS-3を行う。
管制室はATO モードに入った事を伝えています。ATO (ABORT TO ORBIT)とは緊急中止する場合も一時的に予備軌道に乗ってから帰還する中止手順です。またこの時点でエンジンが2基以上故障した場合はOMSのシャトル搭載コンピューターをOPS3 (軌道離脱用)に切り替える手順の確認を行っています。
Columbia
Press to ATO Single Engine OPS-3.
ATO 移行 シングルエンジンでOPS-3了解。
Houston
Columbia, Press to MECO.
コロンビア、主エンジンカットオフモードに入る。
管制室はMECO(Main Enjin Cut-Off)モードに切り替えるように指示しています。 エンジンが3基とも停止しても予備軌道に乗れる状態になった事を意味しています。映画「アルマゲドン」でも使われていました。
Houston
Columbia Single Engine Ben 104.
コロンビア、エンジンが2基故障した場合は104を行ってベン基地へ帰還する。
管制室はこの時点でエンジンが2基故障した場合は104を行ってベン基地へ帰還する手順の確認を行っています。104とはメインエンジンを遮断した後に軌道投入の為に行われるOMSの1回目の点火の事です。
Columbia
Single Engine Ben 104.
シングルエンジンベン104了解。
Houston 
Columbia single Engine press 104.
コロンビア、エンジンが2基以上故障した場合も104 釦を押せ。
管制室はこの時点でエンジンが2基故障しても104を行って正常な軌道投入手順に進むように指示しています。
Houston
And Columbia we see nominal MECO. OMS-1 not requiredand you are Go for the Plus X.
コロンビア、メインエンジンのカットは正常。OMS の第一点火は必要としない。X軸に対しプラスの姿勢転換を行え。
管制室はメインエンジンの遮断が正常に行われた事を伝え、外部タンクの分離がうまくいった事を確認する為にシャトルをX軸プラス方向に傾けて確認するように指示しています。外部タンクの損傷具合のデータにする為に各打ち上げで分離した外部タンクの写真が撮られます。
Columbia
Go for the Plus X.
X軸に対しプラスの姿勢転換了解。



スペースシャトル豆知識


「打ち上げ窓」って何?

シャトルのミッションを可能にする為の色々な条件から計算された打ち上げ可能時間の幅(マージン)です。条件には、緊急着陸地が昼間であることなど地上側の要素もありまますが、大きな影響を受けるのはミッションの目的地、例えばハッブル宇宙望遠鏡、ミール、国際宇宙ステーションの位置関係です。通常は打ち上げ時刻は打ち上げ窓の最も早い時刻が設定され、必要があれば問題解決の為にこの窓(マージン)が使われていきます。
打ち上げ窓による打ち上げの遅れは、飛行中にシャトルが予備燃料を使って調整します。最近NASAは予備燃料を多く使うことを危険だとして、打ち上げ窓を短める方針を決定しています。


0秒より少し前(6.6秒前)にメインエンジンが点火するのは何故?

個体ロケットブースターSRB は一度点火すると止める事はできませんが、メインエンジンは点火後でも停止する事ができます。つまりメインエンジンは点火後に不調だとわかったら打ち上げを中止する事ができるのです。ですから0秒でメインエンジンと個体ロケットブースターに同時に点火していきなり打ち上げるよりも少し前(6.6秒前)に点火してみてエンジンのチェックを行った方がより安全だからです。

では何故6.6秒前なのでしょう。メインエンジン点火の衝撃と反動で打ち上げ台のシャトルは外部タンク側に少し傾きますが、6.6秒後にまた垂直に戻ってくる事が事前に解っています。つまり6.6秒前にメインエンジンを点火すればSRBを点火する0秒の時にはシャトルは垂直になっているからなのです。
この状態が良く理解できるビデオが公開されました。STS-102の打ち上げ時に外部燃料タンクの先端の動きを映したものです。是非ご覧下さい。 ディスカバリー号打ち上げ時の燃料タンク先端の動き


メインエンジンが点火した時にシャトルが浮き上がらないのは何故?

打ち上げ6.6秒前にメインエンジンが点火してもシャトルは発射台に乗ったままで浮き上がりません。何故でしょうか。実は個体ロケットブースターが発射台に巨大なナットでしっかりと固定されているからです。このナットは爆薬入りで0秒で爆破されます。ナットが外れて初めてシャトルは地上からフリーになります。



シャトルの発射台の横にある巨大なタンクは何?

シャトルの発射台の横には巨大なタンクがあります。写真参照
このタンクは高さ290フィートあり、30万ガロンの水が貯えられています。これは「衝撃音抑圧水システム」の一部で、エンジンが点火した時の音が発射台で反響しそのエネルギーがシャトルを損傷させるのを防ぐ為に大量の水を放水するシステムです。水はメインエンジン噴射口近くにある16個のノズルから点火直前に放水されます。その放水は、固体ロケット点火時には洪水のように流れ落ち、離陸後9秒でピークに達します。シャトルは145dBの音圧まで耐えられるように設計されていますが、この衝撃音抑圧水システムはそれより3dB低い142dBまで衝撃音を抑えることができます。シャトル離陸時に流れ落ちる水の写真





打ち上げ10秒前にシャトルの底部で吹き上げる火花は何?

メインエンジンの点火は打ち上げ6.6秒前と言いましたが、中継を見ていると10秒前に大きな音がしてエンジンノズルの下方から火花が吹き出すのが見られます。あれはエンジンが点火したのではありません。FREE HYDROGEN BURN OFF というシステムが点火した火花です。これはメインエンジンから漏れ出した水素ガスが溜まって爆発するのを防ぐ為のものです。漏れ出した水素ガスをこの火花で燃焼させ爆発の危険を避けるのです。



シャトルは何故打ち上げ直後に回転して背面になるの?

シャトルは打ち上げ直後にくるっと回転して背面になるアクロバット飛行のようなことをします。何故あのような危険な飛び方をするのでしょう。これには2つの理由があります。

まず第一に、緊急時にシャトルの船長とパイロットがすぐに地上を見ることができるようにシャトルを外部タンクの下側にする為です。外部タンクの上にシャトルが乗った姿勢で飛行するとシャトルの窓からは地上が見えないのです。上昇中に緊急事態が起こったら船長とパイロットは直ちに窓から地上を見てシャトルの姿勢を判断しなくてはなりません。でもそれだけだったら別に回転する必要はありません。シャトル側に傾いて飛行すればよいはずです。回転が必要なもう1つの理由があります。

ミッションに必要な軌道に乗るためにはシャトルはおよそ東の方へ機首を向けて飛行する必要があります。ところがシャトルは南の方に背を向けてしか発射台にのせることができません。これは発射台の構造上の理由ですが、もともと発射台はシャトル専用に作られた訳ではないのでそれはしかたありません。したがって東へ機首を向けてかつシャトルを下側にして飛行させるには、打ち上げ直後に回転するしかないのです。

中継の画像は普通シャトルがよく見えるように南側から撮られています。画面右側が東になります。シャトルが打ち上がるとすぐに背を右側にむけるように回転するのがわかります。シャトルとヒューストン管制室との交信はこのロールの確認から始まります。ところでシャトルは、タワークリア(発射台を離れる)からケネディー宇宙センターに着陸して車輪が停止するまでは、ヒューストンの管制室と交信します。その前後はケネディー宇宙センターの管制室と交信しています。NASA-TVの中継もシャトルが発射台を離れるとヒューストンにいる解説アナウンサーに交代しています。



シャトルは自爆装置を積んでいるって本当?

本当です。フロリダから打ち上げられる全てのロケットにはアメリカ空軍のレンジ・セーフティー・オフィサーと呼ばれるチームによって飛行停止システム(FTS)いわば自爆装置が取り付けられています。不幸にしてロケットのコントロールが効かなくなり都市部の方へ飛行を始めたら彼らによって自爆釦が押されるのです。有人ロケットのシャトルも例外ではありません。外部タンクと個体ロケットブースターにダイナマイトが仕掛けられています。これまでにシャトルの打ち上げで自爆装置の釦が押されたのはチャレンジャーの事故の時だけでした。事故そのものが外部タンクの爆発だったのですが、飛び続ける個体ロケットブースターは自爆装置により爆破されました。シャトルの打ち上げは本当に命がけなのです。



シャトルが着陸前に出す大きな音は何?

シャトルの着陸をNASA-TVなどで見たことのある人は聞いたことがあると思いますが、着地5分くらい前に大きなドカーンという音が2回します。一瞬爆発が起こったのかと不安になりますが、あの音はシャトルの速度が音速を下回る時に出すソニックブーム(衝撃波音)です。この音は機首と翌からでる為に2回音がします。今度はこの音に注意してみてください。

何故シャトルは着地ぎりぎりまで車輪を出さないの?

旅客機は着陸のかなり前から車輪を出しますが、シャトルは着地寸前まで車輪を出しません。
この違いは、旅客機はゴーアラウンド(着陸やり直し)ができますがシャトルはできないからです。旅客機は早めに車輪を出してみて車輪に異常がないかチェックします。問題があれば空港近くを飛行しながら何らかの処理ができます。
しかし、滑空飛行で降下しているシャトルは着陸やり直しができない為に、仮に車輪に何か問題があったとしても強引に着地するしかありません。そうであれば、早めに車輪を出してシャトルを空力的に不安定にするよりもぎりぎりまで出さないほうが合理的だからです。

シャトルの着陸の解説ビデオ。(Real)

再突入の時シャトルは地上と交信できないの?

映画「アポロ13」では、飛行士を乗せたカプセルが大気圏に再突入してパラシュートが開くまでの交信途絶(ブラックアウト)がクライマックスとなりました。
交信途絶(ブラックアウト)は、通信アンテナ周囲の空気が摩擦熱で高温になってイオン化し電波が発射できなくなって起こります。
シャトルの腹部にある通信アンテナも同様なことが起こり直接地上とは交信できなくなります。
しかし、シャトルは空気がイオン化しない胴体上部にも通信アンテナを持っており、またNASAはシャトルよりも上空にTDRS(追跡データ中継静止衛星)を持っています。したがって胴体上部の通信アンテナとTDRSを使って再突入時でも交信は可能です。
しかし、中継を聞いている限りでは再突入時の交信はあまりないようです。

シャトルはパラシュートがないと停止できないの?

軍用機が短い滑走路に着陸する時は、着地後にパラシュート(ドラッグシュート)を開いて引っ張り制動補助とします。
シャトルも同様にドラッグシュートを開きますが、その目的は多少違います。KSCのシャトル着陸用滑走路は、ドラッグシュートがなくてもシャトルが停止できるだけ十分な長さがあります。
しかし宇宙局は、高価なシャトルの制動装置(ブレーキ)に負荷をかけないで大事に何度も使いたいという考えがあるようです。
つまり、シャトルはパラシュートなしでも十分に停止できますが、制動装置を大事に使いたい為に予備的に開いている訳です。

ところで、1998年のSTS-98(向井さんとグレン飛行士が搭乗したミッション)の時、シャトルのドラッグシュートのドアが落ちてドラッグシュートなしで着陸したことがありました。

当時の記事
1998年
10.31 打ち上げ時にドラッグシュートのドアが落下。
11.08 ドラッグシュートなしでディスカバリー号着陸。



気象条件に関するシャトルの打ち上げ規則

気温

燃料充填24時間前の平均気温が41度F以上であること。
充填後に秒読みが進められる為には気温が99度F以下であること。



発射地点での風向きが300度から60度の時の最大許容風速は、秒速17.5m以下である。
発射地点での風向きが60度から150度の時の最大許容風速は、秒速10.3m以下である。
瞬間最大許容風速は風向きが60度から150度の間では、秒速17.5mから秒速10.3mへ減少していき、風向きが200度から300度の間では、秒速10.3mから秒速17.5mへ増加していく。
上層大気に関する最終勧告は、JSCからKSCに対して打ち上げ30分前に行われる。
上空の風がシャトルの飛行に悪影響を及ぼすと決定されてから30分以内は打ち上げを行うことはできない。


降雨

発射地点または予定飛行経路に降雨がないこと。

稲妻・電場

稲妻が発射地点から18.5Km以内にないこと。
稲妻源が打ち上げ前30分以内に発射地点または予定飛行経路より18.5Km以内にないこと。ただし稲妻源が時速8.5Kmで遠ざかっている場合はこの限りでない。
打ち上げ前15分以内において発射地点より9.3Km以内で電界測定ネットワークシステムの1分間の平均値が1KV/mを越えないこと。ただし、18.5Km以内に雲がなかったり、スモッグなどで測定値に以上があると認められた場合はこの限りでない。



シャトルの予定飛行経路に、温度が0度Cから-20度Cでかつ雲厚が1350m以上の雲がないこと。
予定飛行経路より9.3Km以内において、温度が度Cから-20度Cになるような乱れた雲がないこと。
予定飛行経路に打ち上げ前3時間以内に、雷雲より分離した黒い雲、あるいは、予定飛行経路より9.3Km以内に雷雲より分離した雲がないこと。または、レーダーで雨の影が見つからないこと。





TAL大西洋横断中止

打ち上げ後2分から2分15秒以内でエンジンが不調になった場合、シャトルはTAL大西洋横断中止を行います。この間の高度と速度ではシャトルはKSCへ引き返すことも軌道に乗ることもできません。したがって大西洋を横断してヨーロッパかアフリカの緊急着陸基地へ向かうことになります。

乗組員がTAL中止ボタンを押すとシャトルは横転して外部タンクを下(ヘッドアップ・ポジション)にします。シャトルはそのまま前方に飛行し、TAL着陸基地まで滑空できる範囲に入るとエンジンをカットして外部タンクを切り離します。

TAL大西洋横断中止は、打ち上げ後35分で全てが終了するミッションです。



参考資料:NASA Shuttle News Reference Manual

それでは以上の事を参考にしてSTS-90の打ち上げ模様をRealAudioで聞いてみましょう。音声に同期して翻訳文字が表示されます。

LISTEN STS-90 LAUNCH

LISTEN STS-91 LAUNCH (翻訳なし)

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